あれは、私がまだ幼稚園児だったときの話です。
お盆の頃には毎年、岐阜にある母方の祖父母の家に帰っていました。

当時、私は母に買ってもらった赤い麦わら帽子が大のお気に入りで、お出かけの時はいつもそれをかぶっていました。
和室のタンスの上においてあるそれは、子供の私の背丈では届きません。
岐阜の田舎に帰省するその日の朝も、母に取ってもらい、その麦わら帽子をかぶって出かけました。


母の実家はとても田舎で、山と川と田んぼばかりの静かな町です。
都会のように遊ぶところはないですが、歳の近い従姉妹たちがいたおかげで退屈することはなく、むしろ毎回のように

「帰りたくない」

と駄々をこねては逃げ出すほどでした。


お盆中を田舎で過ごし、いざ帰るとなった時、私はいつものように帰りたくないと言い出し、姉とふたりで田んぼの方へ逃げました。
あぜ道をひたすら走っていると、途中で女の子に会いました。私と同じ4〜5歳くらいの、初めて見る子です。
その子は、にこにこと笑いながら、私たちに「遊ぼう」と言いました。

3人でしばらく遊んでいると、今度はおうちにおいでと誘われました。
彼女の家は、田んぼの真ん中にありました。祖父母の家から目と鼻の先です。

「こんなところに、今まで家なんてあったかな?」

不思議に思いましたが、あまり気にも留めず、女の子の家に招かれました。


そこは大きな土間のある平屋でした。
玄関に座り、スイカをごちそうになりました。たたきでは、女の子の叔父さんが七輪でサンマを焼いています。

どれくらい時間が過ぎたでしょうか。

あれだけ遊んでおしゃべりしていたのに、太陽は、私たちが逃げ出した正午のまま、さんさんと照っています。
変だな、おかしいな、と思っていると、玄関が開いて男の人が入ってきました。
なんとなく、女の子のお父さんだと感じました。逆光で顔はよく見えませんでしたが、その人は制服のようなものを着ていました。


そこで、私の記憶は一度途切れます。


気がつくと、名古屋へ帰る車の中でした。
後部座席で眠っていたようです。
いつの間に…と思いながら、隣で眠る姉を起こして、さっきの女の子の話をしました。
すると姉は、

「そんな子は知らない」

と言います。
両親に話しても、当然ながら信じてくれません。

おかしいな。夢だったのかな。
そう思った時、あの赤い麦わら帽子を忘れてきたことに気がつきました。

たぶん、あの子の家だ。
どうしよう、もう戻ってこないかもしれない。

私はすっかり落ち込んで、しょんぼりしました。
家に帰っても、あの麦わら帽子のことばかり考えてしまいます。
そして、何気なく和室のタンスの上を見ると



いつもの場所に、赤い麦わら帽子が置いてありました。



それから何度か祖父母の家の近辺を探しましたが、やっぱりその家は見つからず、あの女の子にも会っていません。

誰に言っても信じてもらえないので、時間が経つにつれ、あれは夢だったのだと思い始めていました。
でも、最近ふと気付いたんです。
果たして幼稚園児が、サンマを七輪で焼くことを知っているだろうか、と。

もちろん、成長途中で記憶を改ざんしたことも考えられますし、普通はそう考えるほうが正常だと思います。
だけど、あれは夢なんかじゃないと、心のどこかで確信している自分がいるのも確かです。


あの時、玄関を開けて入ってきた男性。
あの人が着ていたのは、軍服だったんじゃないだろうか?

そんな気がしてなりません。




夏が来れば思い出す、水芭蕉の出てこない私の思い出話。
長文・乱文失礼いたしました。